韓国旅行 2026で感じたこと|所長 長谷川大輔
旅の様子
5月は台湾へ行ってきましたが、他のアジアの国も探訪することで、より国際比較ができて、日本の不動産についても、他国との違いを意識しながらより深い考察ができると思い、あまり間を置かずに、韓国へ行ってきました。
台風シーズンということもあり天候を気にしながらの日々でしたが、台風15号が過去3例しかない東海上から西に進む“逆走型”ルートに急変更となり、一時ハラハラする局面となりました。幸い、台風15号は直前で熱帯低気圧に変わり、飛行機は、無事、神戸空港から韓国の仁川国際空港へフライトすることができました。
神戸空港の国際線ターミナルは、お盆期間中にもかかわらず、少しガランとしていたぐらいでしたが、出国先の仁川国際空港は、韓国最大のハブ空港ということもあり、入国審査に並ぶ人も、白人、黒人、アジア人と各国からの訪問者でごった返しておりました。入国手続きを一通り終えて到着ロビーまで来ましたが、今度の旅では、旅行セットにホテルまでの送迎はなく自力で移動しなければなりません。
仁川国際空港から、ソウル市内へは、電車とバスのどちらかで行くことができるのですが、バスでソウル市内を目指すことにしました。そして、まだ朝食も取っていなかったので、AIを使って空港内のレストランを調べて、家族に馴染みのあるバーガーキングに入ることにしました。
注文は、有人カウンターだけでなく、大きなディスプレイ上でメニューをタッチして自分で選ぶことができ、言語を日本語に選択し、クレジットカード決済できるため、日本と変わりなく、迷うこと注文ができました。
またバスの発券も、有人カウンターと無人券売機を選ぶことができますが、バーガーキングで日本語表示できることが便利だったので無人券売機を試してみました。
ホテルのある明洞行きのバスは6015系統であることを調べ、行先を6015系統で検索し、バスの出発時間、所要時間、残り座席が表示された画面まで行きついたのですが、子供の人数を数えた後、学生証の提示を求めるメッセージが表示され、どのようにして提示すれば良いのか困り、結局、有人カウンターに移動してバス券を買いました。
そしてバーガーキングに残った家族と合流し、同じフロアーのバス待機エリアに移動し、バスに乗り込みました。
仁川国際空港は人工島ですが、その成り立ちは少し独特です。
グーグルマップ等では仁川国際空港のある場所は、一つの島になっていますが、この場所は、もともと干拓地でした。そして干拓地の東に龍遊島(ヨンユド)、西に永宗島(ヨンジョンド)という島があった場所を、1990年代に、干拓地に造成を行い、二つの島をつなげて大きな島を作り、そこに仁川国際空港が建設されたそうです。
バスは、第2旅客ターミナルを出発して、島を反時計回りで移動します。
カジノ施設「パラダイスシティワンダーボックス」の前を通り、ループ状の道路を進むとバスは第1ターミナルに到着し、その後、秋になればピンク色のコスモスが広がるというハヌル庭園を過ぎ、仁川国際空港高速道路に入ると、バスは、ソウル市内を目指しスピードを上げて走り出しました。
韓国に入ってからはメッセージアプリ「LINE」を作ったネイバーという会社が提供する地図アプリ「ネイバーマップス」で行先を確認しながら移動しておりましたが、永宗島(ヨンジョンド)エリアに、「公認仲介士事務所」というものを見つけました。
気になり調べてみると、公認仲介士とは日本の宅地建物取引士によく似た資格で、不動産の売買や賃貸の取引を仲介する国家資格保有者のようです。以前訪れた台湾にも、不動産の売買や賃貸の取引を仲介する不動産經紀人(ふどうさんけいきにん)という資格がありましたが、日本の国家資格である宅地建物取引士に相当する仕事は、韓国でも台湾でも同じように機能していることを知って、親しみを感じることができました。
島のうち永宗島(ヨンジョンド)方面を走っていると、こぶりなマンションが気になりました。そのマンションは、陸屋根の上に、鳥小屋のような丸い窓のついた勾配屋根の小屋がついています。後で、この場所をストリートビューで確認してみたら、このマンションには1階の下に半地下の部屋があることに気づきました。
2019 年に公開された「パラサイト 半地下の家族」は、貧しい半地下に住む家族が、ひょんなことで富裕層の家庭に次々と入り込んでいく様子を描き、カンヌ映画祭パルム・ドール、アカデミー賞作品賞などを受賞した韓国の映画です。当時、この映画は日本でも話題になっていたので、私も鑑賞しており、半地下という強烈な生活環境があることを知ってはいましたが、自分で調べ本当に存在していることを知り驚きました。
半地下は、韓国政府が国家非常事態に備えて1970年の建築基準法改定で低層住宅に設置が義務化されたことにより誕生したそうです。当初は自己居住や他人への賃貸も禁止されていたそうですが、1980年代に起こった深刻な住宅不足とスラムの強制撤去に伴い、政府が基準を緩和して賃貸が公認されたという経緯があるそうです。
バスは、全長は2.5キロメートルを超え、漢江を渡る橋として最長となる傍花(パンファ)大橋を渡ります。この橋は、大部分が桁橋ですが、中間部分は神戸大橋のような赤いアーチトラスとなっていて親近感がわきました。
そして、傍花(パンファ)大橋を過ぎるとバスは漢江に沿って、南西側に向かって進み、ソウル特別市に入りました。そして市内に入って最初に目に入ったのが、近代的な高層ビルに掲げられた入隊募集の看板でした。半地下の部屋といい、入隊募集の看板といい、韓国という国が、直面している北朝鮮との緊張関係をリアルに感じます。
その後、デジタルメディアストリート (Digital Media Street) を中心に、放送、映画、ゲーム、音楽、eラーニング、その他の関連産業が集積して再開発されたハイテク複合再開発地区DMC(デジタルメディアシティ)に林立する近代ビル群をバスは過ぎていきました。
漢江を南西に走り続けたバスは、麻浦で高速道路から下道に降り、街中の様子が一層よくわかるようになりました。街中の商業ビルに看板がびっしり並びます。電話番号や英語のものもありますが、多くはハングル文字です。台湾であれば、繁体字の看板であり、なんとなく意味をつかむことができましたが、ハングル文字では、どんな店なのか想像することもできません。
下道に入ると、だんだんと交通量が多くなり、信号ごとに待つ時間が増えてきました。忠正路駅の近くでバスは止まった際に、オレンジ色の縁取りをした円盤のような屋根のアヒョン ホーリネス教会を見かけました。
韓国の宗教人口は総人口の53.1%を占め、内訳は、仏教が22.8%、プロテスタントが18.3%、カトリックが10.9%、儒教0.2%となっているようで、プロテスタントとカトリックを合わせたキリスト教全体では29.2%と仏教より信者の数が多いことになります。
ヒョン ホーリネス教会は、韓国のホーリネス(聖潔)運動の母胎となった歴史的な教会のようで、長年にわたり教団を牽引してきた重要な教会堂とのことです。
麻浦から北東方向に走ったバスは、西大門駅で曲がり、南西方向に向かって走り出します。その交差点から、ソウル赤十字病院が見えましたが、韓国でも、赤十字は病院のマークであり、近代建築の中にあってもしっかりとした存在感を放っていました。

ソウル駅で再び進行方向を北東に変えたバスは、韓国銀行貨幣博物館の前で、夕方の時間帯ということもあり、車の渋滞は激しく、前に進まなくなりました。明洞駅まで歩いて移動した方が早く着く場所であることから、機転を利かせた運転手さんが、最終地点である明洞行きの乗車客に、下車するように勧めてくれました。バスの下から大荷物を取り出してもらい、ホテルのある明洞駅周辺まで徒歩で南下することにしました。

ホテルまでの途中、警備が厳重な建物があることに気づきました。周辺を警備員が見張る朱色を基調として荘厳なこの建物は、駐韓中華人民共和国大使館でした。その前に、両替所があります。この「大信換銭両替」はガイドブックでも紹介されているレートの良い両替所のようで、ものは試しに1万円を両替してもらったところ88500ウォンと交換してもらいました。明洞市街地は、西洋、中東各国からの訪問者が行き交い、とにかく人通りが多いです。また、韓国の人なのか他のアジア人なのか見分けもつきません。
ようやく今日から滞在することとなるホテルに到着し、ロビーでチェックインを済ませて、高層階のお部屋にたどり着くことができました。ホテルは立地の良い場所にあり、南側の窓の外には、南山(ナムサン)が広がっていました。南山の山頂にはパノラマビューが楽しめるNタワーがそびえています。近くには、南大門市場や新世界百貨店があるので、大きな荷物を部屋に残し、散策をすることにしました。といっても時間は18時半を過ぎており日没まで時間がありません。南大門市場は、ちらっと見る程度にして、おなかも空いていたので新世界百貨店のデパ地下グルメを見ることにしました。
デパートの一階は国際的なハイブランドのお店が建ち並ぶため、日本とそう大差を感じませんでした。地下階も基本的に日本とそう変わらない様子で、健康食品売り場、高級スーパーマーケット、海鮮や韓国餅、カステラなど売り子さんが建ち並ぶエリア、買ったものをその場で食べることのできるフードコートがあります。看板の色調などは、アース色を基調とする落ち着いた気品ある彩色です。

YUNJONG-HEEというお店で購入した韓国伝統餅は、ほのかに甘い程度であすが、控え目な甘さが美味しく感じます。
「윤종희전통떡방」YUNJONG-HEEとは、韓国で著名なブランドで、創始者兼職人であるユンジョンヒ(尹鍾煕)さんは国家無形文化財の朝鮮王朝宮廷飲食(宮廷びん菓部門)の伝授者とのことです。

フードコートでゆっくりと時間を過ごし、フェヒョン地下ショッピングセンターを抜けて東に移動します。人通りの多い明洞8ギルを北に移動しようとしますが、道のど真ん中に出店が並び、混雑してなかなか前に進めません。20分ほどかけて、「河南豚屋」というサンギョップサルが有名なお店にたどり着くことができました。日本のガイド本にも掲載され、AIで調べると出てくるお店です。
少しばかり店の前で待ち、店内に入ることができました。日に日に子供たちが食べる量も増えて来たので、多めにサンギョプサルを注文し、他に、韓国冷麺等サイドメニューを頼みました。サンギョプサルは、その場で、ハサミで等分に切ってくれます。時折、油のはねたものが飛んできて少し熱いです。プレートは斜めになっており、油は横から流れていくようになっている。肉はカリッとした食感で、まとわりつくほどの油っぽさはなく、美味しく食べることができました。また、冷麺も、嚙み切れるしっかりした麺と、甘酸っぱい後味の良いスープで仕上がっており美味しかったです。
初日の夕飯を済ませて店を出ましたが、屋台がまだ出ており、ホットグを買い、その後、夜遅くまで営業している「KreaMart」というお店で、韓国のお菓子を買い、ホテル内にあるディスカウントストア「イーマート」で、辛いインスタント麺、韓国のアイスなどを買って部屋に帰り、初日を終えました。
二日目の朝、窓から見える南山とNタワーが、明洞にいることを実感します。
朝7時から早速活動開始です。
朝食は、「瑞源 (ソウォン)」というアワビ粥が名物のお店に行きました。店は地下にあり、若い女性と店長と思われる中年の男性で店を切り盛りしています。テキパキと動き、時に日本語も使いながら、お客さんを誘導します。日本からの観光客も多く、他の席でも日本語での会話が聞こえてきます。アワビ粥、鶏粥などを注文しましたが、アワビの切り身は、きれいに円を描くように並べられており見た目も美しい。鶏粥には、朝鮮人参が二本入っており、素っ気ないようにも思えますが、華美にならず引き算の美学を感じます。粥は、日本のものとは違い、ノリなどをいれて適度に味付けされており美味しかったです。


朝食を済ませた後、近くのコンビニを2軒ほど覗きましたが、この街のコンビニは、日本のコンビニよりもコンパクトで商品棚と商品棚が近く、少しせせこましい感じがしました。ホテルに残した家族と合流して、今日も南大門食品市場に行き、お米と大麦の麦芽粉、砂糖、水でできた韓国の伝統的な甘い発酵飲料「シッケ」や、野菜ホットク、饅頭を買った後、国立博物館を目指して地下鉄の駅に向かいます。

ホエヒョン(会賢)駅が一番近く、ここで、地下鉄の券を買います。券には複数種類があり、一回ずつの使い捨て、チャージできるカード、一日乗り放題券があります。一回ずつの使い捨ての券を買うことにしましたが、カードのリユースを徹底するためか、カード本体のデポジットシステムになっており、地下鉄を降りて、改札口から出た後、近くのデポジット機にカードをいれ、その都度、返金処理をしなければならないのが、とても手間に感じます。地下鉄の駅は、日本とよく似て系統は色を変えて表記されており、自分がどの地下鉄に乗れば良いか明瞭です。駅にはそれぞれ固有番号があり1号路線の場合1から始まる3桁の数字、2号路線の場合は2から始まる3桁の数字となっています。電車の到着を告げる「オルシグヤ」、「豊年(プンニョン)」といった韓国の伝統音楽風メロディが印象的です。
そのまま博物館のある二村(イチョン)まで行き、駅に近くにあるCUというコンビニでドリンクなどを買って休憩した後、国立博物館に入りました。

国立博物館は、非常に大きいしっかりとした建造物で、多数の所蔵品を収蔵しています。しかも常設展については無料で入ることができ、韓国の文化を彩る所蔵品を多数見ることができました。茶道の源流にあたる三嶋手や、刷毛目などの優品も並び、今後の審美眼を養うのによかったです。
家族が、「長興庫」の銘が刻印された陶磁器がお気に入りのようでしたので調べてみると、長興庫(チャンフンゴ)とは、高麗時代から朝鮮時代にかけて、宮中や官庁で使用される御用物品の納入や保管を管理していた実務官司のことであり、この刻印がある陶磁器は、当時の官用(朝廷や宮廷の公式用)として作られた貴重な器とのこと。

建物は、韓国の様式美を体現しているようで、部屋は高く十分に広い空間に控え目な装飾が心地よいです。

その後、龍山(ヨンサン)駅施設であるアイパークで食事をとり、ロッテワールドアクアリウムに行くことにしました。ロッテワールドアクアリウムは、蚕室(チャムシル)駅の駅前に作られた非常に規模の大きいショッピングモール内に併設された水族館で、珍しい魚や、大型水槽内を泳ぐ魚を鑑賞することができます。

その後、蚕室(チャムシル)駅前にある教保文庫(キョボムンゴ) 蚕室店に入り、都市関係の書籍を探しますが、ハングル文字の洪水で何が何だかわかりません。なんとか都市関係の本を手探りで見つけ、駅からホテルまでの帰路につきます。駅近くで「全州ユハルモニビビンバ 北倉洞本店」というお店に、夜9時頃入ると他のお客さんは見えず、女性スタッフ複数人が談話していましたが、我々が入ると料理にとりかかり、全州ビビンパを作ってくれました。盛り付けもきれいで、対応も丁寧で満足のいく夕食となりました。
帰り道の途中、Hermès Shinsegae Main Storeの外に飾っているスカーフの韓国風の美しさに目を奪われましたが、世界はこの国の美意識に何かしらインスパイヤ―を受けているのだと感じました。

三日目の朝も午前7時に起床して、河東館(ハドングァン)というお店にソルロンタンを食べに行きました。明洞の繁華街の一角に店を構えており、朝7時でもそれなりのお客さんが入っています。先に、お会計をお支払いする方式で、席に着く前にレジでソルロンタンのスモール、ミディアム、ラージを選ぶことになります。牛肉も美味しく、味付けは非常にさっぱりとしており、ここでも引き算の美学を感じました。その後、「Isaac Toast & Coffee Myeongdong」というお店で、お店の看板メニューであるトーストサンドを購入してホテルに戻ります。
最終日のため帰国の準備を行い、ホテルのチェックアウトを済ませます。ホテルを出た後、まず、ソウル駅に向かい、AREXという空港駅までの直通列車の券を購入しました。そして券を購入した後、搭乗予定の航空会社のカウンターに向かい、航空券を発行、大型荷物を預け、事前出国審査手続きも完了することができました。これにより、仁川国際空港内での待ち時間を減らし、旅の最終日に大型荷物を持ち歩くストレスからも解放されました。
荷物を預けた後、1号路線の地下鉄まで構内を約10分歩き、広蔵市場(クァンジャンシジャン)を観光しました。
市場には、多くの魅力的な店が並んでおり、本場のチヂミ、トッポギ、スパイシーなバーガー、コーヒー、フルーツ飴、アンニョムチキンなど思い思いに購入しました。また、ガイド本にも載っている柿とクルミの素朴なお菓子をお土産用に購入しました。

1時間ほどの観光を終えて、最寄駅からソウル駅に戻ります。地下鉄1号路線からAREXの乗り場まで来た道を戻り、事前購入した特急券を提示して、地下2階から地下7階の電車乗り場まで直通のエレベーターで降りると、そこはもう電車乗り場です。飛行機乗り場のCAのような女性が案内に勤めています。指定席に着きます。電車は、地下深く走っているため当分景色は期待できず、いつの間にか寝てしまい気がつくと、ターミナル2駅に到着していました。
空港でお土産を買い足すことを予定していたが台湾と違い、お土産屋がありません。かろうじて、ピジョンという韓国伝統餅のお店を見つけ、お土産を調達することができました。
空港内では、事前にフライトのチェックイン、荷物預け、出国審査は済ませてあるため、通常の流れとは異なる手続きとなります。
我々は、一般乗客とは異なり、乗務員・都心空港専用入口から入り、手荷物検査を受けます。ここは、CAやパイロットのための入口であるため、プロの人と一緒に並べるので、フライトに関する特別な経験をすることができました。その後、出国審査を終え、免税店が並ぶ通路を過ぎて、待機ロビーに向かいます。帰りは行きと違い台風のことを気にする必要もなく飛行機は、15時50分予定通り離陸、17時45分、神戸空港に着陸しました。
終わりに
日本と関わりの深い二つの国を巡る旅はこれで終わりを迎えました。海外旅行では、普段当たり前だと思っていたことが通用しないため、家族全員で力を合わせて目的地に続く道を見つけなければなりません。家族の結束の必要性をいつも以上に感じますし、子供たちが頼りになってきたことを嬉しくも思います。
帰国してからも、台湾ではこうだった、韓国ではこうだった、日本はこうなっているけどどう思う?といったやり取りを家族としています。
私は、早い時期から、二つ以上の国のパラダイム(共通の枠組みや物の見方・規範)を経験し、独自の問題意識を身に着けることが、国際人としての素養だと考えています。
さて、韓国という国はどんな国だったかを振り返ると、独特の引き算の美学があるように思います。
凛とした美しさを体現し、日本の和(なごみ)の精神とはまた異なる精神構造を垣間見た気がします。
今回も、街のことを詳しく調査するつもりでしたが、台湾ほど日本との違いに目が行くことはありませんでした。韓国の都心部では、再開発が進んでおり、昔からの建物よりは、ビル群の林立が目立ちます。そこに何があったのかを探ることが容易でなく、街の文脈を読み取ることが難しかったように思います。
しかし、もしかすると街の文脈を読み取りにくいという事が、1つの特性のようにも思われます。今回は短い時間の探訪でしたので、今回の経験をベースとして勉強した上で再訪できる日を計画したいと思います。
2026年9月 長谷川大輔
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